仕事を終え、楽屋に下がり衣装を脱ぎ始める。衣装のネクタイを緩めシャツのボタンを寛げて雨彦は深く息を吐いた。
「雨彦さんってこういう衣装苦手だよねー」
その様子を見て声をかけてきたのは北村だ。
こういう衣装、とはフォーマル的なかっちりとした衣装のことだろう。雨彦達レジェンダーズはユニットイメージの為かラフな衣装を与えられることが少ない。フォーマルとまで行かなくとも、あまり露出のない衣装を着ることが多く、普段ラフで楽な格好をしている雨彦にはやや窮屈であることは確かだった。
「そうだな。特に今回みたいに首元までしっかりと固めたようなのは窮屈に感じちまってな」
「気持ちは分からなくもないけどー」
仕事中は態度にそういったものを出さないようにしているが、休憩となるとつい首元に手が行ってしまう。いけない、とは思うのだがこればかりはなかなか慣れることが出来ずにいた。
「貴方だけは絞首刑でしたものね」
雑談の中で不意に聞こえて来た不穏な、けれど酷く平坦な言葉に着替えの手が止まる。——それは酷く天気の良い日で
「古論、今のは……」
「?どうかしましたか?」
雨彦の言葉に古論は不思議そうな声を返す。その瞳には誤魔化しの色も悪戯の色も見えず、突然声をかけられたことによる戸惑いと疑問だけが浮かんでいるように見える。まるで先程の言葉のことなど全く知らないかのように。——知らない方が良い。他人の手で陸に上げられるという屈辱など
「クリスさんがどうしたのー?」
固まってしまった此方を見ながら北村が少し訝しげに声をかけてくる。北村には聞こえていなかったのだろうか。——嘲笑うような民衆の声も、憎しみに満ちた軍人の声も
「…いや、すまん。なんでもない」
何かを振り払うように頭を振る。幻聴だったのだろうか。それにしては嫌にハッキリと——首を締め付ける縄の感触が
「雨彦、疲れているのではありませんか?」
「早く帰って寝た方が良いんじゃないかなー」
労わるような2人の声に、雨彦は「そうだな」とだけ口にする。指摘された通り自覚している以上に疲労しているのかも知れない。
水を買って来ると言う古論に、自分で買いに行くので構わないと返して雨彦は楽屋を出る。しっかりとした地面を踏みしめているというのに、何故だか落ち着かない気分になった。——揺れる船の上こそが自分達の居場所だったのだから
廊下の突き当たりにある自販機置き場に辿り着き小銭を入れていたポケットを探る。パタパタという音に誘われて近くの窓に視線をやると、ガラスを叩く水滴と共にどこかくたびれた顔をした自分の姿があった。
これは本当に今日は早く寝た方が良さそうだと苦笑しながら、雨彦は自販機に向き直る。——視界の端に映った自分の瞳が蒼く煌いた事に気付かないまま。