おちおち酔ってもいられない

 自分の記憶が確かならば、古論は酒に強かった筈だ。
 だが、今雨彦の目の前には、頰を赤らめ眠たげな瞳でそれでもニコニコと楽しげに微笑む古論がいた。この古論が酔っているように見えない人間は恐らく酔っている人間だけだろう。そして雨彦は酒に強いこともあって意識ははっきりとしており、コップ2杯程度のビールは飲んでいるもののとても酔っている状態であるとは言い難かった。
 正直に言って今の古論は非常に目に毒だ。眠たげに潤んだ瞳に上気した頬。整った顔をした古論のこの様に周囲の同僚達が動じていないのが信じられない。それとも、毒に思えるのは己にやましい気持ちがあるからなのだろうか。
「お前さん、ちと飲み過ぎなんじゃないか」
「ふふ。こんなに楽しいお酒の席は初めてなので、つい飲み過ぎてしまったようです」
 もう手遅れかも知れないが少しばかり釘を指すつもりで小言を口にすると、酒のせいでふわふわとした笑顔と声でそう返される。整ってはいるがどちらかというとキツい顔立ちをしている古論が、それでも人懐こい印象を与えるのはこの笑顔の影響が大きいのだろうと雨彦は思う。
「…そうか」
「はい!」
 あまりにも純粋な——だというのにひどく色香を放つ——笑顔に当てられて雨彦は溜め息を吐いた。こんな笑顔を向けられてしまったら飲酒を止めるに止められない。酔ってはいるが受け答えはしっかりしているし、この後は自分が古論の面倒を見れば良いだろう。
 隣の山下から話しかけられ嬉しそうに答える古論を見ながら、このグラスが空いたら烏龍茶を頼もうと雨彦は心に決めた。