予定していた場所にほぼ時間通り到着し、休憩がてら談笑していると不意にメッセージアプリの通知音が聞こえた。
さて誰のだろうとみのりは自分の携帯電話を確認する。通知があったのが自分ではないことを確認して顔を上げると、同行者の1人——誠司と目が合う。彼の物でもないらしい。
…ということは自ずと通知があったのは残るもう1人——雨彦の携帯電話ということになる。
「——お2人サン、写真を撮っても良いかい?」
普段雨彦はあまり写真を撮らない。機械が苦手だと聞いたこともあるし、写真を撮る習慣もないのだろう。
「オフショットってことかな?全然良いよ!」
「自分も構わない」
珍しいなと思いつつみのりも誠司も撮られることを快諾する。3人がツーリング仲間であることはトークなどで語ることもあるし、特段秘密にしている訳ではない。
尚みのりは既に予め2人に許可をとっており、このツーリングでも端々で写真を撮っている。
「あ、でもSNSとかにアップするのは今すぐじゃない方が良いよ」
今居る場所が分かってしまうとファンが反応して騒ぎになるかも知れない。お礼を言いながら写真を撮った雨彦にそう言うと、「いや、そういう訳じゃない」と言葉が返って来た。
「古論からでな。海にいるらしい」
メッセージアプリの画面を見せながら雨彦はそう口にした。画面には海らしい青い写真と、今雨彦が撮って送ったらしいみのりと誠司のツーショットが見える。
雨彦のユニットメンバーであるクリスが海の魅力を伝える為にアイドルになったことは事務所の全員が知るところである。良いと思ったものを積極的に分かち合いたいと思う人間であることも。
彼は今日もオフを利用して海に行き、その素晴らしさを雨彦に伝えたいと思ったのだろうと察することは容易だった。
「折角だから俺も今何をしてるのかを送ろうと思ってね」
「なるほど」
するとまたメッセージが届いた通知音がする。雨彦が画面を覗くと「北村からだ」とつぶやく。
「仲が良いんだな」
「そうかい?」
其方サンほどじゃないと思うが、と雨彦は言うが、みのりも誠司もオフの日にユニットメンバーに連絡を入れることはあまりない。ユニットメンバーの家に行くこともあるくらいだし仲が悪い訳ではないが、改めてメッセージで連絡を…とはなかなかならなかった。
「時間を取らせてすまなかったな」
「別にいいよ。元々休憩中だったんだし。ね、誠司」
「ああ。この位いくらでも構わない」
アイドルという職業柄、オフショットという需要もあるのだ。ファンサービスとしても写真を撮るようにして損はないのだと、あまりSNSに触れない雨彦にアドバイスをしたこともある。まあ、あまりSNSに登場せず、オフや舞台裏の想像が出来ない方がミステリアスで『雨彦らしい』となるかも知れないとも思うけれど。
休憩もしたことだし、そろそろ出発をしようかと誰とはなしにヘルメットを手にする。
そういえば、とヘルメットを装着しながらみのりは思う。想楽からもメッセージが来たということはやりとりをしているのはグループメッセージなのだと気付いたが、それまでてっきりクリスとの個別メッセージなのだと思っていた。
そもそもクリスの海の魅力を大勢に伝えたいという目的を考えるとその方が自然だろう。だというのに個別メッセージだと勘違いしていたのは、画面を見る雨彦が今まであまり見たことのないような優しい笑顔をしていたからだ。
(——見てないことにしておいた方が、良いんだろうな)
雨彦がクリスに対してどんな感情を持っているのかは知らない。例えみのりの目から見て特別な感情を持っているように見えても、本人から告げられない限りは触れない方が良いだろう。万が一、仕事に差し障りが出なければ良いけど…と少しばかり懸念するが、影響が出てしまうことになる前にプロデューサーが気付くだろう、とすぐに思い直す。
そもそも、みのりの勘違いだということもあり得るのだ。
ただ、雨彦がクリスにどんな感情を持っているのだとしても、彼等が幸せであると良いなと、仲間として本心からそう思う。
強くなりつつある日差しが、夏の訪れを告げていた。