『永遠の愛』

「動きにくそうだと思ったけど、着てみると案外そんなこともないんだねー」
 年末の時代劇ドラマへの出演が決まり、少しずつ企画も進行しだしている。今日は衣装合わせの日だ。まさか自分が安倍晴明を演じることになるとは思わなかったなと、陰陽師の衣装に身を包みながら雨彦はしみじみと思う。
「儀礼用なんかはそれなりに動きにくかったりもするが、コレは撮影用だしな」
「アクションシーンもあるからねー」
 白の式神役である北村は、役名通り白を基調とした狩衣のような装いだ。一方、黒の式神役の舞田は黒を基調としながらも、北村とは異なり甲冑がベースとなっているようだった。
 雨彦も北村も衣装に問題はなく、慣れる為に少し歩き回って良いと声をかけられる。雨彦は和装にはそれなりに慣れているが、北村は不慣れなようで普段と違う感覚に多少戸惑っているようだった。
 不意に、スタッフ達が何やら悩んでいるような会話が耳に入る。視線で声の主達がいる方を辿ると、古論がこちらに気付いたらしく声をかけられた。
「雨彦!想楽!よろしければ2人の意見も聞かせて頂けませんか?」
「協力はするけど、まずは事情を説明してくれるかなー?」
「それが…」
 古論が演じるのは藤原道長だ。故に着ているものは「いかにも平安貴族」といった衣装で着丈も古論に合っているのだが、——何故だかどうにもしっくり来ない、ということらしい。
「でも、平安時代の貴族の衣服ってこういう感じですよねー?」
「時代劇がベースとはいえファンタジーでもあるので、もう少し何か欲しい気がするんですよ」
「とはいえあまり派手にしてしまうと世界観を壊してしまいますし…」
 ああでもないこうでもないと北村とスタッフ達が話し合いを始める。北村は国文学専攻だと言っていたので、平安文化の知識もそれなりにあるのだろう。スタッフ達と対等に話をしているようだ。
 一方、当の古論はといえば、勉強して来たとはいえあまり得意ではない分野の、しかも「何かが足りない」というニュアンス全開のオーダーにあまり具体的な案が出せないでいるらしい。考えてはいるようだが、ずっと眉根を寄せ
て困った顔をしている。
「……ファンタジーってことは、考証はあまり細かく考えないで良いってことかい?」
「パッと見で時代が逸脱してなければ、多分大丈夫です」
 極端な話をするなら、眼鏡をかけているだとか西洋剣を持っているだとかで無ければ良いということのようだ。
 それなら、と言いながら雨彦は近くのテーブルに広がっていた小道具の中から、一輪の造花を手に取る。
「雨彦?」
「お前さん、少し屈んでくれるか?」
「はい。こうですか?」
 低くなった古論の頭にある冠に、手にした造花を一輪挿した。
「もういいぜ。……こんなのはどうだい?」
 古論の前から退き、スタッフの方を振り返りながら雨彦は尋ねる。
「良いですね!ちょっとした装飾ですけどグッと良くなったと思います!」
「私、監督に確認して来ます!」
 思い付きだったが想像以上にスタッフの反応は良く、明るい表情を向けられた雨彦は満足気に笑みを浮かべる。古論はよくわからないながら、問題が無くなったことに安堵したようだった。
「ありがとうございます、雨彦」
「なに、大したことはしてないさ」
 後ろからなんとも言えない生ぬるい視線を感じて振り返ると、北村が口を開く。
「雨彦さんは、挿した花が何なのか——当然知ってるよね?」
 やはり北村は知っていたか、と雨彦は思うが口にも表情にも出さない。
「桔梗だな。造花だったが」
 惚けたようにさらりと返すと北村は軽く溜め息をついた。問うだけ無駄だと悟ったのだろう。
「まあスタッフさん達が良いって言うならそれで良いけどー」
 衣装的に良くなったのは確かだし、と北村は諦めたように呟く。
「言いたいことがあるなら言った方が良いぞ?」
「僕は別にー。言いたいことがあるのは雨彦さんの方なんじゃないですかー?」
「さてなぁ?」
 雨彦と北村がいつものように戯れあっていると、疑問に思ったのであろう古論が口を挟んで来る。
「雨彦が挿した花には何か意味があるのですか?」
「それはねー」
「おっと古論、向こうでスタッフが呼んでるぜ」
 案の定花の意味を知らぬ古論が質問をして来たが、タイミング良く古論を呼ぶ声が聞こえたのでそちらに向かうことを促す。北村がじとりと雨彦に視線を向けて来るが無視だ。
「教えないつもりー?」
「古論は知らなくても困らないだろう?」
「そうかも知れないけどー」
 あくまでも撮影用の演出であるし、ファンタジーの入った作品なのだ。そう言質も取っているし、深い意味を問われることもないだろう。第一、既にスタッフからも、そして今の様子を見るに監督からもオーケーが出ている。古論が冠に挿した桔梗の意味を理解していなくても何ら問題はない。
「”雨彦さんが”どういう意味で桔梗を挿したのかは聞かないでおいてあげますねー」
「それは有難い」
 尤も、聞かれたところで「魔除けだ」と返すだけなのだが。そんなことは北村も理解しているのだろう。

 ——晴明が使う紋は桔梗の花を図案化した桔梗紋の一種であり、翻って桔梗の花自体も晴明に所縁が深いとされる。無論、桔梗の花が魔除けになるというのも嘘ではない。
 スタッフの間で柔らかに笑う古論の頭で揺れる桔梗の花を見ながら、満足気に雨彦は口元を緩ませた。