暁ナハトは呪いのようだとノイは思う。
レジスタンス達と協力し、理人とノイが共にナハトを倒してからしばらくが過ぎた。ナハトが居なくなったことで時空警察庁内に混乱が起きるかも知れないと覚悟をしていたが、今のところノイの知る限りでは問題は起きていない。暁ナハトも所詮は組織のピースであったということだろう。それはノイも理人も変わらないが。
組織内に変化は見られないが、ひとり、変わった人間がいる。理人だ。
尤も、周囲の人間は誰も気付いていないだろう。バディであるノイだから気付けたのだ。
あの日から理人は今までよりもよりストイックに仕事にあたるようになっていった。犯罪者を前にして飛び出していくことも減った。一呼吸おいて冷静に、それでいて時に大胆に動く。——それはまるで、かつての暁ナハトのように。
かつては憧れていた存在なのだ。直接見ることは叶わなかったが、それでも暁ナハトがどんな人だとされていたのかノイは知っている。そして、最近の理人はまるでその暁ナハトの評価をなぞるように変化していた。それがノイには気に入らない。理人は理人なのに。
「どういうつもりなの?」
仕事が終わったあと、二人しかいない執務室でノイは理人に詰め寄った。
「どういうつもり、とは」
「最近のアンタのことだよ! まるで—–アイツを真似るみたいなことばかりじゃないか」
名前を出さなかった理由はノイ自身にも分からない。だが、理人の前で暁ナハトの名前を自分の口から出すのが嫌だった。
「……アイツというのが誰のことか分からないが、何かクレームでもあったか?」
書類に目を通したまま理人が言う。誰か分からないなんて嘘だと思うが、返す言葉がない。事実、最近の理人は職場内でも評判が良い。それが一層ノイの神経を逆撫でていた。
「アンタはアンタだ、真似なんてする必要なんてないだろ、あんな人間!!」
ノイの言葉を聞いて、カッとなったのか反論する様に理人は口を開いた。だが、何かに詰まったようにそこから言葉が出て来ることはない。
そんな人ではない、とでも言ってくれれば良いのに。ノイにとって暁ナハトは最早尊敬するような人間ではないが、ずっとバディを組んでいた理人にとってはそうではないのだろう。だったらそう口にしてくれれば良いのに。自分達はバディじゃないか。イライラした気持ちが隠せない。理人がそう口にしたらしたで、いつまで現実から目を逸らしている気だと思うだろうが、それはそれだ。今は、バディであるノイにすら何も言わない理人に苛立ちが募る。
「僕にすら言えないってワケ?」
嘲るような声が出た。理人を傷付けるつもりはないが、自分の感情が制御出来ない。
「……バディだからこそ、言えないこともある」
その言葉にノイは「ああそうですか」と苛立ちを隠さず返す。
「これ以上居ても仕方ないし、もう帰るから。お疲れ様でした」
理人に背を向けてノイは足早に部屋を出る。ノイを追いかける声は、無かった。
殆ど走るようにして廊下を進む。もし自分ではなく暁ナハトであれば、理人は話をしてくれるのだろうか。そんな風に考えて、そう考えた自分に嫌気がする。
暁ナハトは、呪いだ。
理人のことを、そしてノイのことまで縛り付け続けている。そしてノイにはそれをどうすることも出来ない。
死者に勝つ術など、無いのだから。