曠古の声

「今日からバディを務めさせて頂きます、理人・ライゼです。よろしくお願いします」
 長髪長身の新人隊員はそう言うと深々と頭を下げた。
 その様子を冷めた目で眺めながら、ナハトはおざなりによろしくと返す。実際のところは名前も覚える気が無かった。覚えたところで無駄になるだけだ。
 この新人でナハトのバディは六人目だった。今までのバディは任務中の怪我を理由に現場を去ったり、自己都合で他所に行ったりなどしていずれも長く続いたことがない。この新人も近い内に去っていくだろう。
 ナハトが相手を陥れたりした事実は無く、単にナハトの身体能力や判断に付いて来れない相手が限界を訴えて自らバディの解消を願い出ている。
 だが、あまりにも短期間でのバディの解消が続いた為、「ナハトと組むと壊される」などという不名誉な噂が立ち始めていた。それ故ナハトとバディを組もうという人間が居なくなり、何も知らない哀れな新人が充てがわれたのだろう。
 バディ制が必要な理由は理解している。理解はしているが、足手まといが増えるだけなのなら一人で充分だとナハトは思っていた。それが通るだけの実力もあるつもりだ。だが、いくら実力があってもナハトが『暁』である以上、実力ではなく『暁だから』特例を許されたと思われるのであろうことも理解していた。
 暁ナハト。ナハトの本名であるが、時空警察庁の中でナハトを暁と呼ぶ者は居ない。ナハトの父が時空警察庁の要職に居る為、隊員達がナハトのことを呼ぶ時は名を呼ぶかジュニアと呼ぶ。大抵の場合は後者だ。父のことは尊敬しているし、仕事にも誇りを持っている。だが、誰も彼もが父のことを見てナハト本人を見ないことに辟易としていた。
 どんなに実績を重ねても、実力をつけても、『暁の息子だから』としてしか見られない。バディとして立候補して来た者達の中にも、『暁の息子と懇意になれれば』という動機で近付いて来た者もいた。
 苛立ちとやるせなさでナハトが黙ったままでいると、新人隊員は不安そうな顔を見せる。機嫌を損ねたと勘違いして媚びたりでもして来るだろうか。今までの対人関係から予測される行動を想像していると、新人隊員が意を決したように口を開いた。
「あの、暁さんとお呼びすれば良いですか…?」
 思わぬ言葉にナハトは目を瞬かせる。
「暁さん…?」
「名前の方が良いのでしたらそちらで…」
 新人隊員は本気で言っているようで、嘘や揶揄ではなさそうだった。新人故にナハトの父のことを知らないのだろう、と漸くその事実にナハトは思い至る。新人でも知っている者は多いはずだが、この目の前の新人隊員はそうではないらしい。
「いや、暁で良い」
 庁内で暁と言えばナハトの父のことを指す。だが、この目の前の新人はナハトを見て「暁さん」と言ってきた。彼にとっての「暁さん」はナハトなのだ。そう考えると、彼に「ナハトさん」とは呼んで欲しくなかった。
 是を返すと、新人隊員はホッとしたのか表情を緩ませた。顔立ちは良いがどこか冷たい印象だったそれが、綻んだ花のような印象に変わる。
「……理人・ライゼといったか」
「はい!」
「君のことは何と呼べば良い?」
 尋ねると慌てた様子で、お好きなように、という言葉が返って来る。新人からすれば先輩に呼び方の指定をするのは恐れ多いかと気付く。
「では、理人」
「はい」
「これからよろしく頼む」
 ナハトは微笑みながら右手を差し出した。バディ相手に自分から握手を求めるのは初めてだ。
「はい!よろしくお願いします!」
 固い握手を交わしながら、コイツとならばバディと呼ばれるのも悪くないかも知れないとナハトは思った。