殺されるなら自分の方だと思っていた。
血を流し青白い顔をしたクラレンスの身体を抱えながら、アルフレッドはそんな事を思う。
クラレンスもアルフレッドも自らの目的の為に手を汚して来ていた。重ねた罪の数などお互い数え切れぬ程あるだろう。恨みも相応に買っていた筈だ。だがそれでも、クラレンスが殺されるなどと想像もしなかった事にアルフレッドは今更ながら気付く。
ノクスを消滅させられ、自分達を捕らえようとする宵闇の王から何とか逃げ延びたアルフレッドとクラレンスは、とある貧民街の片隅に隠れ住んでいた。
再び器を作り出し神の復活を成し遂げる為には捕まる訳にはいかなかったし、器を作り上げることの出来るクラレンスを失うことも出来なかった。ノクスは惜しかったが、器は器だ。また作り直せば良い。
クラレンスはノクスを失ったことを引き摺っていたが、潜伏生活を続ける内に気持ちの落ち込みは回復していったようだった。
目立つことは出来ないが、生きる為には活動しなければならない。食事と情報を手に入れる為にアルフレッドは外へ出かけ、クラレンスは潜伏場所で研究を続けながら待つ。それが各々の役割になっていた。
クラレンスの態度は相変わらず冷たいが、共に生活をする内に言葉からは棘が幾分抜けて来たように思う。アルフレッドに振り回され溜め息を吐きながらも、時折笑顔を見せるようにもなって来た。
追われる身ではあるが穏やかに日々は過ぎ、目的の為の一時的な生活であると理解しているはずなのに、この生活もそう悪いものではないとアルフレッドは思うようになっていた。
その矢先の話だ。この街に来てから三度目の移動をしたばかりの潜伏先にアルフレッドが戻ると、そこには血溜まりが広がっており、その中心にクラレンスが伏せっていた。
アルフレッドは血で汚れることを意に介さず、クラレンスの身体を抱え起こす。身長はアルフレッドとそう変わらないのに、その身体は相変わらず軽い。いつもより軽く感じるのは、夥しい量の血を流している先入観によるものだろうか。
クラレンスは腹部を何度も刺されたようだった。ナイフが刺さったままになっているにも関わらず、血が止まる様子がない。
血が止まっていないということは、まだ生きているということだ。辛うじてではあるが、呼吸をしていることも確認する。そこで漸く自分が深く息を吐いた事に気付き、アルフレッドは苦笑した。荒事には慣れていたつもりだったのに、クラレンスのこの様子が余程堪えたらしい。
止血の為に傷口を強く抑えると、痛むのだろうクラレンスが呻き声をあげる。
「痛いだろうが我慢しな。此処でひとまず手当したら医者の所に連れて行ってやる」
この貧民街の一角に医者と呼ばれる老人が住んでいた。時折診察もしているらしく、怪我人が担ぎ込まれているのを見たことがある。まともな医者ではないだろうが、医療の心得が無いアルフレッドよりはマシだろう。
手を動かしながら医者の住処への道を脳内で確認していると、アルフレッド、と声をかけられる。自分の名前であるはずのその音の羅列は、随分と耳馴染みのない響きでアルフレッドに届いた。
「私は多分、お前を、愛していた」
アルフレッドの息が止まる。
「何、を」
酷く驚いた表情をしているであろうアルフレッドの顔を見て、クラレンスは満足そうに微笑んだ。そして血塗れのアルフレッドの手に自分の手を添え、すぐにその手から力が抜ける。
血溜まりはもう、広がってはいかない。
「…学者さんよ、それは、あんまりじゃねえか」
やはりこの世界に神様はいないのだと、アルフレッドは思った。