望まぬ協力

 このところアルフレッドは機嫌が良かった。なんせ焦がれてやまなかった自分の神様の復活が見込めるようになったのだ。その上復活させる為の手伝いまで出来るのだから、機嫌を損ねる方が難しい。
 今日はクラレンスの元に、必要な“材料”を持ち込む日であった。ダスクの騎士達の目を盗んで持ち込むのは少々ならぬ手間だったが、神様を復活させる為とあらばその手間さえも愛おしく思える。
「よォ、学者さん。今日の分を届けに来たぜェ」
 上機嫌で研究室の扉を開けたアルフレッドの目に飛び込んで来たのは、床の上に倒れたクラレンスとその傍らに佇むノクスの姿だった。
「何をしてる?」
「あるじ動かない。ノクス何をすれば良い?」
 荷物を適当な場所に下ろしてクラレンスの様子を伺う。胸が呼吸に合わせて上下しているので生きてはいるようだ。目を閉ざした表情は苦し気で、瞼は硬く閉ざされている。
「学者さんはいつからこうしてる?」
「王の元から戻って来てずっと」
 騎士達と鉢合わせすることがないようアルフレッドが事前に聞いていたスケジュールでは、王の裁きにノクスとクラレンスが同行する予定だったのは昨日の筈だ。つまり、丸一日クラレンスはこうして床に転がっていることになる。
 手袋を片方外して倒れているクラレンスの額に手を当てると、案の定熱があった。自分の体温より温度の低いアルフレッドの手が気持ち良いのか、懐いた猫のように頭を擦り付けて来る。
 アルフレッドは立ち上がって研究室の中を見回すが、ベッドどころかクラレンスを寝かせることが出来るようなスペースすら見当たらない。
「学者さんは具合が悪い。俺の教会に連れて行って看病するが…」
「ノクスも行く」
 アルフレッドとクラレンスが共謀関係にあることは公にしていない。真実を知らぬ宵闇の王やダスクの騎士に余計なことを言われても困るので元よりノクスをこの場に置いて行くつもりは無かったが、自発的について来てくれるのなら話は早い。
「じゃあ学者さん……は俺が連れて行くから、そっちの荷物を持って着いて来な」
 ノクスには見た目以上に力があることは知っていたが、どうやら病人であるクラレンスを任せるのは気が引けた。提案を拒否されるかも知れないとも思ったが、ノクスは素直にアルフレッドの言葉に従い荷物を抱え上げる。
 荷物の中身を気にする様子もないノクスを見ながら、アルフレッドはクラレンスを抱き上げた。自分とそう変わらない身長であるのに、その身体は妙に軽い。
「……移動させるには楽だけどなァ」
「?」
「あー、何でもないさ」
 意識のないクラレンスをしっかりと抱え、ノクスと共にアルフレッドは来たばかりの道を引き返した。

+++

 目を開けると見慣れない天井が映る。
「あるじ」
 声のした方向を向くと、今度は見慣れた顔が自分の方を見ている。
「ここは…?」
 ノクスが居るということは危険がある場所ではないだろう。だがこの部屋に見覚えはない。
「やっとお目覚めかい、学者さん」
 ノクスの後ろから薄ら笑いを浮かべた顔を出したアルフレッドを見て、もうそんなに時間が経っているのかとクラレンスは思い至る。王の元から研究室に戻って以降の記憶がないが、王との接触を避けているアルフレッドが目の前にいるということはそれから少なくとも一日が経っている筈だ。
「此処は俺の教会さ。荷物を届けに行ったら学者さんが倒れてるモンだから驚いてなァ」
「荷物を置いて帰れば良かっただろう」
 倒れているクラレンスを見兼ねて教会に運び込んだらしい。狂信者とはいえ酔狂なことだ。恩に着せられるのも癪で、クラレンスは冷たく言い捨てる。
「アンタが死んだら神様の復活が出来なくなるだろォ?」
 元々互いの利益の為に協力をしている関係なのだ。そう言われてしまえばクラレンスに返す言葉はない。
「熱は下がったみたいだが、食欲はあるかい」
 食べられるなら何か食べた方が良いと言われ、クラレンスは頷く。正直食欲があるとは言い難いが、何か食べて少しでも体力を回復させなければなるまい。アルフレッドに頼ることに抵抗はあるが、ここまで来てしまえば今更だ。
 クラレンスが頷いたのを見たアルフレッドは一旦部屋から出て行き、器の乗った盆を持ってすぐに戻って来た。温かいミルク粥の入った器を受け取りながら、感謝するよりも先に、いつ目が覚めるかもわからないというのに準備が良いことだと呆れ半分にクラレンスは思う。
 他人の作った物を最後に食べたのはいつだったろうかとぼんやり思いながら、渡された量の三分の一程を食べたところで限界を感じ、食器を置く。
「で、最後にメシ食ったのはいつだ?」
 部屋の椅子に腰掛けながらアルフレッドが尋ねた。疑問系ではあったが、どういう訳かクラレンスが暫く食事をまともに摂っていないと確信しているようだ。ノクスはその横に立ってクラレンスの方を見ているので、まるで尋問されているような気分になる。
「…2日前には食べた、筈だ」
「メシは毎日食うモンだと思うがねェ」
「研究の為には食事の時間すら惜しい」
 真顔で返すクラレンスを見て、アルフレッドは苦笑したようだった。いつも浮かべている人を食ったような笑みではないソレに、この男もそんな表情をするのかとクラレンスは少し意外に思う。
「儀式にこの教会を使うのはどうだ? 俺が荷物を向こうに運ぶよりリスクは低いと思うんだがなァ」
 部屋なら余ってるし、掃除だってしなくて構わない。先程とは違ういつもの笑みでアルフレッドがそう口にする。
 突然の話題の変更にクラレンスはやや面食らったが、次のアルフレッドの言葉でとりあえず自分に食事を摂らせたいのだと理解する。
「んで、こっちに来たついでに食事もして行けば良い。我ながら良い提案だなァ」
「作業の場所を移すのはともかく、どうして私が此処で食事をしなければならない」
「また学者さんが倒れてたらこっちまで運ぶのが大変だろォ? だったら定期的にメシ食って貰って元気でいて貰う方が良いと思うんだけどなァ」
 今回は栄養が足りてないところに疲労と風邪が重なって倒れたのだと指摘をされる。研究を優先するあまり自らの身を顧みず、倒れて研究の時間を削ってしまっては本末転倒だという理解はしている。
「ノクスが強くなるにはあるじが必要。あるじが倒れたらノクスは強くなれない」
 ノクスにまで言われてしまうとクラレンスに断る選択肢は無かった。元より、騎士に荷物を発見されるリスクを考えると、クラレンスとノクスが教会を訪れる方が合理的だと理解してはいたのだ。
「……分かった。今後は此方が此処に訪れる」
「話が早くて助かるなァ。流石学者さんだァ」
「私は学者ではないと言っているだろう」
 ただ、アルフレッドの思惑通りに事が進むというのが気に食わない。そんなクラレンスの気持ちを知ってか知らずか、アルフレッドは楽しそうに口を歪ませていた。