望まぬ共犯者

「何故だ!!」
 衝動に任せて机に両方の拳を叩き付ける。机上の器具がいくつか衝撃に耐えられず倒れ、一部は落下し派手な音を立てて割れるが、そんなものを気にしている場合ではなかった。
「何故、何故上手くいかない?!エネルギーは既に充分以上の数を使っている筈だ!!」
 調整の為に培養槽の中で眠るノクスを見上げながらクラレンスはひとり呟く。
 ノクスは強くなった。はじめは並の子供程度だったが、今やダスクの騎士の中でもノクスに敵う人間は数えるほどしか居ない。
⋯⋯そう、数える程度にはまだノクスに敵う人間が存在してしまっている。クラレンスにとってそれは不本意以外の何物でもなかった。
「これではまだ究極には程遠い⋯」
 埋論は合っている筈なのだ。今までの失敗作とは異なり、ノクスは順調に強くなった。まだまだ強くなれる筈だ。何者よりも、ダスクの騎士など相手にならぬ程に強く完全な存在に。
 何がいけない?エネルギーの量は充分な筈だ。その証拠に、ここ暫くはいくらエネルギーを注いでもノクスの強さは変わっていないように見える。
「おやァ?こんなトコロに随分立派な研究室があるなんてなァ」
「誰だ?!」
 自分とノクス以外が存在しない研究室で、突然背後から突然間延びした声を掛けられクラレンスは殺気立つ。王はこの部屋の存在を知ってはいるが、今は執務中でこちらに来ることはない筈だ。
 闖入者は聖職者のようだった。教会の教えに逆らう所業を止めろとでも説教するつもりだろうか。くだらない説法に付き合う気などクラレンスには全くなかった。時間の無駄でしかない。
 男を排除しようと目線で周囲を探るが、元より武器になりそうな物などこの部屋には無い。クラレンス自身には然程戦闘力が無いのだ。ノクスを今すぐ動かすことは出来るが、後始末が面倒なので極力それは避けたかった。だが、自身に危険が迫っているとあらばそんなことも言っていられない。
 ノクスを起こす為にクラレンスが口を開くと、同時に聖職者らしき男も言葉を発した。
「ホムンクルスを作っている学者ってのはアンタかい」
「神をも恐れぬ所業だと批難でもするつもりか?神なんてどこにいる?私は確かにホムンクルスを作り出した。だがこの身に何も起きてはいない!」
 だから神などいる筈はない。そうクラレンスが言い切ると、目の前の聖職者はニタリと笑みを作る。
「ああ、そうさァ。此処に神様はいない。――[[rb:今はまだ > ・・・・]]」
 そして熱の籠った眼で培養槽を、その中にいるノクスを見やる。
「無垢なるホムンクルスを器に、神様が復活するんだから」
「何を⋯」
 一体この男が何を言っているのかクラレンスには埋解が出来なかった。神は居ないと言いながら、神が復活すると言う。分かることは、この男が狂信者だということくらいだ。
「アンタさっき言っていたよなァ?『何故上手くいかない』って」
「⋯⋯ああ」
 狂信者の戯言だが、何かのヒントにはなるかも知れない。行き詰っていたクラレンスは藁にも縋る思いで男の言葉を待つ。
「今まで使っていたのは罪人の魂だろう?なら簡単な話さ。罪なき魂を使えば良い」
 神様が必要とするのは光なのだから。後半はクラレンスにとって価値のない言葉だったが、前半に関してはそれこそ天啓のようなものだった。
 罪人を使って駄目なら、罪のない人間を使えば良い。確かにシンプルで――今までクラレンスには考えが及ばない発想だった。
 今まで暗鬱としていた気持ちが晴れ、視界さえも先程よりクリアになった気がした。
 問題は、罪のない人間の調達だ。罪人であればダスクの騎士に協力している限り入手に困ることはないが、罪のない人間となると調達に些か骨が折れるのは容易に想像がついた。
「ダスクの騎士が相手にするのは罪人ばかりだろうからなァ。教会に来るような罪なき魂ならきっと神様も満足するだろうさ」
 クラレンスの考えが読めた訳ではないだろうが、目の前の男は暗にクラレンスへの協力をすると告げる。正直な話ありがたい申し出ではあるが、意図の読めない男に不快感を表しながらクラレンスは男に尋ねた。
「⋯⋯何が目的だ?」
「言っただろう?神様の復活が俺の目的さァ」
 酔ったような何かに焦がれるような瞳で男は再びノクスの方を見やる。その言葉が真であるなら、聖職者でありながら罪なき魂を捧げると躊躇なく告げるこの男は間違いなく狂信者だろう。尤も、例え男が何であろうが、材料の提供までしてくれると言うのならクラレンスに断る選択肢はなかった。
 もしこれが嘘であったとしても、邪魔をするようであればノクスに始末させれば良い。
「お前、名前は」
「アルフレッドだ。――これからよろしくなァ、学者さん」
「⋯⋯私は学者ではない」
 こうして錬金術師と聖職者の歪な協力関係が出来上がったのだった。