祈ることは許してくれますか

 信じられない、と思った。気持ちの話をすれば今だって信じられてはいない。
 だが、状況は全て暁ナハトがディストピアを作り上げるのは事実だと告げていたし、何よりも、暁自身がそれが必要なのだと口にした。
 暁は「あの事件」を期に変わってしまった。父親を失い、自身も現場復帰が望めぬ程の怪我を負ったあの事件のせいで、極端な思想に走ってしまったのだ。——本当に?
 本当に、暁は変わってしまったのだろうか。過去の暁と対峙しながらそんな思いが理人の胸によぎる。
 目の前の彼は、まだ父親を失っていない。怪我も負っていない。未来の自分に経緯や目的を説明されたからといって、犯罪の多発する未来を知ったからといって、縛られた未来を作り上げることに賛同などするだろうか。時空を守り、平和を守ることの意味を語る彼の瞳は真っ直ぐだった。その瞳を見るのが、好きだった。

 そして、気付く。
 例え怪我を負っているとしても、暁が本気を出し切れない理人に負ける筈が無いのだ。先日暁が突然やって来て理人にスパーリングを申し入れた時だってそうだった。怪我人相手に本気は出せないと言ったのも嘘ではないが、暁は怪我を負った上に実戦からも遠のいて久しいというのに、並の隊員ではとても敵わぬ程に強かった。そんな暁が、煮え切れずに本気を出せない理人に負ける筈がないのだ、本来なら。
 にも関わらず、先程の戦闘では理人が勝った。それは、つまり。
「…暁さんは止める。自分たちの未来のために」
 暁ナハトは、計画を止められることを望んでいる。
 ノイに協力を求めてから暁の方を見ると、彼の口元が僅かに緩んだように見えた。

 アスミルの発表セレモニーに集まった権力者達を見るに、アスミルの破棄は難しくなってしまっていたのだろう。タイムワープには本来許可が必要だ。アスミルの開発を阻めば足などすぐついてしまうだろうし、かといって無許可で行えば時空警察に追われることになる。確実に開発を阻むことが出来なければタイムワープなどしたところで無意味だ。
 ならば開発者の存在を消すしか方法はないが、自死となればそれこそ権力者たちに利用されかねない。
 そこで考え至った唯一の方法が、理人たちに計画を自分ごと止めて貰うこの方法だったのだろう。
 もしかしたら本当に暁は変わってしまったのかも知れない。心底、管理された未来を理想郷と思っているのかも知れない。けれど、理人が信じずに誰が暁を信じるのだ。彼のバディは自分なのだ。
 バディは相手に背中を預けるものだ、と理人は暁に教わった。背中を預けるというのはつまり命を預け、運命を預けるということだ。暁は、理人のことを信じて、未来を託したのだ。
 ならば、理人は暁のその想いに応えなければならない。
「もう、同じ過ちを繰り返させてはいけない」
 どうして、教えてくれなかったのかと思う。何故、相談してくれなかったのだと思う。けれど、そんなことはきっと、暁も考えたのだ。考えて、考えて、出した結論がコレだったのだ。
「賢い選択をしてくれよ、理人」
「あなたを止めてみせます」
 暁がノイのことを見下したように言うのも、『今』のバディで『過去』のバディを超えて行けということなのだろう。
 理人がそう思いたいだけかも知れない。けれど、せめて理人ひとりくらいは、この人を信じたままでいても良いんじゃないかと思う。
 銃を構え、照準を向けた。引き金にかけた指に、ノイの指が重なる。
「引き金の重さくらい、一緒に背負ってあげる。バディだからね」
 銃口から光が放たれる瞬間、暁が微笑みを浮かべたような気が、した。

「お疲れさまでした、暁さん」
 貴方に託された未来は、これから自分たちが守っていく。だから、せめて、安らかに——