理人がTPAを辞めることになった。
ノイがその事を知ったのは謹慎明けのことだった。しかも、バディが変わるという辞令を出して来た人事部に事情を問い詰めた結果知ったのだ。理人からも何も連絡は無かった。
レジスタンスの二人が未来に帰った後、理人とノイは一旦TPA隊員達に拘束されて別々に聴取を受けることになった。事情聴取を何度か受けた後は、通達があるまで自宅謹慎を命じられる。当然理人とコンタクトを取ることも禁止されていた。
ノイは急いで特殊部隊へ向かうが、ロッカーにも、事務室の机にも、理人の物は無かった。理人の名前が記された物も。理人にまつわる何もかもが無くなっていた。
過去のナハトを殺したことで「管理官暁ナハト」は存在していなかったことになり、アスミルが開発されることもなくなった、らしかった。らしい、というのは、ノイの記憶には相変わらず管理官としてのナハトの姿があるからだ。だが、記録や、他の人間の記憶ではどうやらそうではないらしい。タイムワープは何度もしているが未来を改変するなど初めてのことで、どうしてそうなるのかはノイには分からなかった。分からないが、事実として、暁ナハトは最強と呼ばれていた頃に失踪したことになっているようだった。
ともあれナハトを殺したことで、理想郷という名の不自由な未来も無くなった筈だ。それを目的としていたのだから当然なのだが、それらを成した後に理人とノイの元に残ったものは、未許可で二度のタイムワープをした記録と、タイムジャッカーを時空警察庁内に手引きした痕跡と、「最強のTPA隊員暁ナハト」を殺害した事実だった。
ナハトを生かしアスミルというアプリを開発させると未来の世界が縛られ自由でないものになる、と事情を説明したところで既にナハトが死んでいる以上証明は出来ない。証明出来ない事情で身内であるTPA隊員を殺害した事実の情状酌量など不可能だった。せめてもの救いは、過去のナハトが自らこの時代に来たことで、理人が自発的にナハトを殺したとは思われなかったことだろう。
理人とノイはバディであり常に共に行動していた。だが、ナハトを撃ったブラスターは理人の物であり、ノイは共に引き金を引いたと主張はしたがそれがどの程度考慮されたのかは分からない。理人が、ノイと共に引き金を引いたということを取調官に話したのかも分からなかった。
「理人さんは!?」
ノイのことを遠巻きに見ている同僚達の中から、運悪く一番近くに居た一人を捕まえて勢い任せに問い正す。
「き、昨日付けで退職したって聞いたけど…」
昨日。今更ノイが駆け回っても無駄な訳だ。誰の考えだか知らないが、敢えて理人の退職とノイの復帰が被らないようにしたのだろう。
「最強がバディ殺しだなんてな」
「真白も気の毒だよな」
そんな囁きが聞こえて、思わずノイは周囲を睨み付けた。理人の苦悩も、決意も、何も知らない奴が何を。あまりの殺気に皆が部屋から出て行く。触れない方が賢明だと悟ったのだろう。ノイとしても見当違いな慰めをかけられるなど御免だったので都合が良かった。
私物どころか仕事の物すら残っていない、理人のものだった机の前でノイは立ち尽くす。
どうして理人は何も言ってくれなかったのだろう。自分達はバディじゃなかったのか。一言くらい、何か言ってくれても良かったんじゃないのか。そんな思いが溢れて来て胸が苦しくなる。
(理人には私の方が相応しい)
不意に、ナハトのそんな言葉を思い出して苦々しい気持ちになった。まさか、ノイから理人を奪う——いや、理人とバディを組ませない為に、ナハトはここまで仕組んでいたのだろうか。自分が死ぬことで計画が失敗しても、理人がTPAに残ることがないように。誰ともバディを組むことがないように。
馬鹿な考えだと思う。結果そうなっただけで、偶然だろうとも思う。けれど、一度その考えが浮かんでしまえばその可能性を頭から振り払うことは出来なかった。そのくらい、ナハトは理人に執着していたようにも見えた。
真相がどうなのかはノイには分からない。だが、事実として、もう二度とノイと理人がバディを組むことは無いのだろう。それが、酷く悔しかった。