追憶と決別

「その長い髪は邪魔じゃないのか?」
 不法タイムジャッカーを引き渡した後でナハトはそう理人に声をかける。バディを組んでからずっと気になっていたことだった。
「目障りであれば切りますが」
「いや、そうじゃない」
 刃物を手にしていれば今すぐにでも髪を切り落としかねない理人の言い方にナハトは苦笑する。
「この通り私自身は髪が短いし、単純に邪魔じゃないのかと気になってね。手入れも手間だろう?」
 即座に切ると言い出すところを見るに、取り立ててこだわりがある訳ではないのだろう。にも関わらず、手間をかけてまで長髪を維持しているのが不思議だった。
「確かに手間ではありますが、便利でもあるので」
「便利?」
 予想していなかった言葉に思わず理人の言葉を聞き返す。
「はい。自分は近接戦闘を得意としています。容疑者と対峙した際、こうして長い髪を纏めていると相手がそれを掴もうとして来るので、動きが読み易くなって便利なんです」
「なるほど」
 特殊部隊の制服は無駄が殆どない。抵抗する容疑者に掴まれ難くする目的もあるのだが、それを逆手に取り、敢えて髪の毛を唯一掴めるものと認識させることで相手を御し易くするとは考えたものだ。尤も、それが出来る身体能力と判断力があればこそだろうが。力量のない者が真似しても、相手に拘束されるのがオチだ。
「考えあってのことなのだな」
「いえ、それほど深く考えてこうしている訳では」
 理人は謙遜をするが、彼らしい理由だとナハトは思う。
「それに、良く似合っている」
 理人の髪の毛を一房掴み、ナハトは微笑む。
「あ、りがとう、ございます」
 褒められるとは思っていなかったのか、理人はその言葉に頬を赤く染めた。可愛らしい反応だ。
「その、手入れらしい手入れをしていないので、あまり良いものではないと思いますが」
 確かに掴んだ髪の毛先はパサついているし、ツヤも手入れを怠らない髪に及ぶべくもない。
「だが、私は好きだよ」
 ナハトがそう言うと、理人は首筋まで赤くして言葉を失ってしまった。
 この件以来、理人は髪の手入れをするようになったようで、時折触れる髪は艶やかで流れるようなものになっていた。ナハトに告げるでもなくひっそりとそんなことをする理人がいじらしく、愛おしかった。

 

 

 

 

 暁が居なくなってから暫くして、理人は髪の毛をバッサリと切り落とした。それだけのことではあったが、最強である理人のトレードマークにすらなっていた長髪が突如失われたことはすぐさま特殊部隊内どころか時空警察庁内に知れ渡った。
「どうしたんですか、急に」
 同僚達にせっつかれて渋々ノイは理人にそう尋ねる。このタイミングなのだ、ノイには理由など分かっていた。それでも同僚達に押されるがまま尋ねる気になったのは、そうじゃないと良いという気持ちがあったからだ。
「…元々、抵抗する容疑者の動きを読み易くする為に伸ばしていただけだからな。もう必要が無くなっただけの話だ」
 今まで切らずにいたのは単に惰性だったのだと告げ、これで満足かとばかりに理人は周囲を見やる。聞き耳を立てていた周囲は慌てて知らぬフリをしているが今更だ。
 嘘ではない。嘘ではないが、それだけが理由ではないと、ノイだけは理解していた。コレは表向きの理由だ。だが、皆の前で面と向かってこう言われてしまえばノイにはもう返す言葉はない。追求するにしても、今この場ではない。
「…そうですか。わかりました」
 仕事に行くぞと告げ理人はノイの先を行く。もう二度と、ポニーテールが揺れる後ろ姿を見ることは無いのだろうと、酷く寒々しく見える背中を追いかけながらノイは思った。