出藍の誉れを

 未来の自分が訪ねて来た。
 過去の世界では荒唐無稽に思えたのだろうこの言葉も、今や現実味のある事象だ。尤も、それをさせない為の組織がTPAであるのだが。
 ナハトがそんな現実逃避をする原因は目の前にいた。戦闘を終えた後のような傷と汚れを纏って現れたのは明らかに未来のナハト自身だった。
 TPAは何をしているのかと思うが、未来の自分はそれなりの地位にいるらしく、タイムワープの許可は自身の裁量で出せるようだった。なるほど、内部のしかも地位のある人間がタイムワープを悪用すれば取り締まる者など居なくなってしまう。権力と権限の分散化が必要だなとひとり考えていると、真剣な目をした自分に「よく聞いてほしい」と告げられた。
 “彼”から未来についてと、自身の計画について聞かされる。『理想郷』などと名ばかりの馬鹿げた計画を告げられた時は今この場で殺してしまおうかと思った。だが、よく聞いてみればなるほど、『それ』は有効な手だろうと納得せざるを得ない。そしてその計画はあと一歩のところまで進んでいるらしい。
「……理人は、良い隊員になったのだな」
「ああ。今や現役最強だ」
「“私”を超えて?」
「いや、本気で戦えたことはついぞ無かったよ」
 未来のナハトが寂しげな顔で苦笑する。唯一の心残りということらしい。
「決めたのか」
「ああ。今から未来——貴方の感覚なら現代か、に向かう。『現役最強の理人』と本気で戦う役目は譲って貰うよ」
「そうか。宜しく頼む」
「ああ」
 短く応えてタイムワープガジェットを起動させる。いくら未来の自分が相応の権限を持っていると言えど、向こうから此方に来る可能性がある以上あまりこの場に長居しない方が良いと判断した為だ。タイムワープは移動のイタチごっこが起きないように、タイムワープしたのと同じ座標には一定時間——特にタイムワープ前の時間にはタイムワープ出来ないようになっているとはいえ、悠長にしていると理人達がこの場に来てしまう可能性がある。
 ガジェットを操作しながら、突然自分が消えて困惑するであろうこの時代の理人へ思いを馳せた。別れの挨拶すら出来なかったが、急に自分が消えて理人は悲しむだろうか。感傷を振り切るようにガジェットを起動させる。
 慣れた感覚がして、周囲の景色が変わった。ガジェットに表示されている座標と日時を見て目的の場所に着いたことを確認する。
 アスミルの公開予定日、そしてアスミルのメインコンピュータルームとされる部屋だ。この日、この部屋で、ナハトは死ぬ。未来の為に、理人と、理人の新しいバディの手に掛かって。他の誰でもないナハト自身がそう決めた。
 後悔はない。心残りは——あるが、それも直に解消されるだろうと思う。未来の糧になるのならば、自分の心残りなど瑣末なものだとも思う。
 ナハトがほんの少し感傷に浸っていると、此方に向かって来る複数の足音が聞こえて来る。……これが最後だ。
「少し老けたんじゃないか?理人」
 もう二度と見ることのないだろう理人の姿を目に焼き付けるように見つめながら、ナハトは微笑んだ。