優しく触れる

 何か温かなものに包まれている。その優しい温もりに幸福感を覚えながら、クリスはゆっくりと瞼を持ち上げた。
「起こしちまったかい?」
 寝起きの視界に飛び込んできたのは、穏やかな笑みを浮かべる雨彦の顔だった。どうやら自分は彼に抱き締められているらしい。
「…おはようございます」
「ああ、おはようさん」
 まだ眠気でぼんやりとした頭を働かせようとしていると、彼の腕が緩んでクリスの身体から離れて行く。
 それを寂しく思う間も無く、雨彦の手がそっとクリスの頭を撫でた。
「もう少し眠るといいさ。まだ時間はある」
 撫でる手付きも声音もひどく優しくて心地が良い。思わず目を細めてしまうと、彼は更に頬まで緩ませてくれた。
 確かにまだ部屋の中は薄暗い。カーテンの向こう側から仄かな光が漏れてきているが、時刻はまだ早朝だろう。クリスも朝は早い方だが、それにしても随分早い時間に目覚めてしまったようだ。
 クリスが普段よりも時間をかけて状況を把握する間も、雨彦はずっとクリスの頭を撫で続けていた。まるで猫でも可愛がるような扱いだが、不快感は無い。むしろ、もっと触れていて欲しいと思う。
 そんなことを思いつつ雨彦を見上げれば、「ん? どうかしたかい?」と微笑まれる。その甘やかな視線と撫でられる心地良い感覚に、自分の身が溶かされてしまいそうな感覚になる。
「いえ、何でもありません」
 ふわりと笑って首を横に振ると、雨彦もまた嬉しげに口元を綻ばせていた。
 幸せだな、と思う。
「あめひこ」
「うん?」
「……ありがとうございます」
 何に対して礼を述べたのか自分でもよく分からなかったが、それでも言わずにはいられなかったのだ。
 雨彦は何も答えずただ小さく笑うだけで、クリスの頭を繰り返し撫でてくれていた。
 それがまた気持ち良くて、クリスは再びうっとりと瞳を閉じる。
「おやすみ、古論」
 眠りに就く直前、耳に届いた囁きはとても優しかった。