しくじった。裏路地に逃げ込んだクラレンスは荒い息を整えながら苦い思いで背後を見る。なんとかこの場に逃げ込んだが、このまま此処に居れば見つかるのは時間の問題だろう。
研究の——厳密に言えば質の良い素材の情報を集める為に正体を隠して街を歩いていたところ、好色な輩に絡まれた。それだけならまだ良かったのだが、相手は酔っていたのか薬物でもやっていたのか目つきが怪しい上やたらしつこく強引で、無理に此方に迫って来るのでクラレンスは少し強硬な手段をとったのだった。
だがそれが相手の小さなプライドを損ね、またその相手がゴロツキ共のリーダーか何かであったようで、つまるところクラレンスはゴロツキの集団に追い掛けられていた。
今日は軽く素材の情報を集めるだけのつもりだったのでノクスを連れていない。武器も持ってはいたが、不意打ちで一対一であればともかく、荒事に慣れたゴロツキを複数人相手にするのは流石に荷が重かった。
早く住処に戻らなければならないが、逃走する際に少し足を捻ってしまっていた。それだけでなく、クラレンスは土地勘で相手に劣る。闇雲に逃げてもゴロツキ共に捕まるのがオチだろう。
出掛ける前に頭に入れて来た地図を思い起こしながら、現在地と相手がいそうな場所をピックアップする。道中に不安が無い訳ではないが、このままここにいるよりはマシだろうと考え歩を進めようとしたところで不意に声をかけられた。
「よォ、学者さんがこんなトコロで何をしてんだい?」
「っ——、お前こそ、どうして此処に」
突然のことで驚きの余り身を竦めたが、どうにか取り繕って突如現れたアルフレッドを睨み付ける。
「俺は日課の散歩に来ただけさァ。学者さんも散歩……ってワケじゃァなさそうだなァ」
「少しトラブルがあっただけだ。見つかると面倒だから私はもう行く——」
アルフレッドとの会話を切って路地の奥に進もうとすると、にやけ顔が進路を塞いだ。
「何を——」
「アッチにはガラの悪そうなのが居たなぁと思ってね。行かねぇ方が良いんじゃないかなァ」
ニヤニヤとアルフレッドが言う。もしや全て見ていたのではあるまいな、と思うが問うことはしなかった。聞いたところでのらりくらりと躱すだけだというのはこの男との付き合いで既に学んでいたからだ。
「ホラ」
「なんだ」
唐突に目の前に差し出された手を見てクラレンスは機嫌の悪さを隠そうともせずに返す。
「なぁに、この辺りはそれなりに詳しいんだ、アンタを無事に家に帰してやるよ」
「なら先導だけすれば良いだろう」
「足を怪我してんだろォ? 手を引いて行かないと学者さんとはぐれちまうかも知れないなァ」
大袈裟な身振りをつけながら芝居めいた調子でそんなことを言い出すアルフレッドを見てクラレンスはため息をついた。こうなったらアルフレッドが引かないことも、もう学んでしまっていた。
「…分かった」
アルフレッドが差し出した手の上に自分の掌を乗せると、アルフレッドはニンマリと笑う。
「じゃあ道を案内しますよ、学者さん」
「さっさと行け」
もうこんなことが起きないよう次からは必ずノクスを連れて来ようと決めながら、痛む足を無理やりに動かす。戯けた態度の割に優しく自分の手が握られていることを、極力意識しないようにしながら。