タイムプリディクション

「あーーーー終わんない!!」
 時空警察庁にある一室、特殊部隊に割り振られている事務室で真白ノイは大声をあげた。目の前にある端末には書きかけの報告書が表示されている。出動1回につき1通の報告書を提出する決まりになっているが、出動が続き未提出の報告書が溜まってしまっていた。今表示されているものが5つ目で、まだ残り6件分の報告書がある。
 ノイが報告書に追われているということは、バディである理人もまた同量の報告書に追われているということでもあった。大声をあげたことで理人に叱られるかと思ったが、声すらかけられないのでノイは拍子抜けする。
「気が済んだなら報告書の作成に戻れ」
 ノイの視線に気付いたらしい理人はそこでやっと声をかけて来た。既に既定の勤務時間は過ぎてしまっているのだから理人の言うようにすぐ報告書の作成に戻るべきなのだが、ノイの気は重いままだし集中力も切れてしまっている。これらの報告書の提出期限は今日の2359までだが、まだ2000を少し過ぎたところなので余裕はあった。
「ちょっと休憩に行って来ます」
「分かった」
 端末から目を逸らさないまま返事をする理人を事務室に残し、ノイは廊下に出た。思い切り伸びをして、飲み物を取りに休憩所に向かう。日勤の就業時間が過ぎた庁内は静かで、少し落ち着かない気持ちになる。
 休憩所には誰も居らず、飲み物のサーバーが出す小さな唸るような音だけが響いていた。
 自分用の温かい砂糖入りのコーヒーを買い、理人用に少し考えてからブラックコーヒーのボタンを押した。理人はノイのバディではあるが上官でもあり、自身の報告書を書き上げる以外にノイの報告書をチェックするという業務もある。元々、自分の気分転換の他に、自分より仕事量の多いバディにささやかではあるが差し入れをしようと思ってここまで来たのだ。
 サーバーからカップを取り出すと、不意に後ろから声をかけられた。
「真白隊員、だったな」
「…っ、はい」
 声を掛けて来たのは管理官である暁ナハトだった。何故こんな時間のこんな場所にいるのか、と疑問が浮かんだが口には出さないでおく。
 組織図で下から数えた方が早いノイが管理官であるナハトと会話することは殆どない。仕事で顔を合わせることが無いでもないが、その場合は理人がいるので大抵会話は理人とナハトでしていた。一体何を話せば良いのか分からず内心焦るノイの心中を知ってから知らずか、ナハトは続けて口を開く。
「先日の出撃は見事だった。次からも油断せず励むように」
「あ、りがとうございます」
 口元に緩く笑みを浮かべながらナハトが言った。社交辞令に近いものだろうが、ひっそり憧れていた存在に直接褒められて心が浮き足立つ。
 すると不意に暁はノイが持っていたカップに目を落とした。
「ああ、理人はコーヒーが苦手なんだ。…知らなかったかな?」
 先程とは種類の違う笑みを浮かべながら暁はそう言う。ノイにはその表情がまるで勝ち誇ったようにも見えた。
「え?」
 それでは、と残して暁は来たのとは別の方向へ去って行く。休憩所には両手にコーヒーを持ったノイが残された。サーバーは相変わらず唸るような音を立てている。
「……何なんだよ、一体」
 手の中にある2つの黒い液体を見ながら、ノイはつぶやいた。