ロケ車から降りると冷えた空気が肌を刺した。はあ、と吐き出した息は案の定白くなり消えて行く。東京よりも幾分北に位置するこの地には一足早く冬が訪れているようだった。
「すみません、まだ準備が終わっていないのでもう少しお待ちください」
雨彦達が到着したのを見て近付いて来た、先に現地で準備をしていたスタッフからそう声をかけられる。
「わかりました。少しこの辺りを散策しても?」
「あまり遠くへ行かれなければ大丈夫です」
短い会話を交わすと、スタッフは撮影場所へ慌てた様子で引き返して行った。何かトラブルがあったのだろうが、そうまずい状態ではないのだろう、と慌ただしくスタッフが行き交う現場を見て判断する。
「私は少し散歩をして来ようかと思いますが、雨彦と想楽はどうしますか?」
「寒そうだし、僕は車にいるよー」
「そうだな…」
古論の提案に雨彦は思案する。現場は今のところ掃除が必要ではなさそうだし、かと言って車にずっといるのも窮屈だ。
「折角だ、俺も散歩に付き合おう」
「あんまり遠くには行かないようにねー。いってらっしゃいー」
北村に見送られ、雨彦と古論は撮影場所とは逆の方向へ歩き出す。CM撮影に訪れたこの場所は山間にある公園で、豊富な自然を感じさせながらも歩きやすいように道は綺麗に整備されていた。撮影の為に借り切っているのか早朝に近い時間帯な為かは判断が付かないが、周囲に人影はない。
「此方は東京より気温が低いですね。東京よりも北である以外に標高が高いのも理由なのでしょうか」
「そうかも知れないな。俺としては暑いよりよっぽどありがたいが」
「雨彦は暑がりですからね」
足を動かしながら何気ない会話をしていると、ふと古論が手袋をしていないことに気付いた。冬季の、こういった屋外に訪れる時はいつも手袋をしている記憶があるので雨彦は少し意外に思う。
「今日は手袋をしてないんだな」
そう雨彦が指摘すれば、古論は苦笑した。
「用意してはいたのですが、自分の車の中に置き忘れてしまったようでして」
事前準備を怠らない古論には珍しいことだが、たまにはそういうこともあるだろう。
雨彦はおもむろに手袋を外し、古論の手に触れる。
「冷えちまってるな」
「歩けば指も温まるかと思ったのですが」
散歩をしたいと言い出したのはそれも理由だったらしい。防寒対策をしっかりしている印象があるのは身体が冷えやすいせいもあるのかも知れない。筋肉はあるので発熱自体はする筈だが、水泳を習慣としているせいなのか古論は脂肪が少ないようなので発生した熱の保持をし辛いのだろう。
「ホラ、貸してやるからつけておきな」
「ですがそれでは雨彦が…」
「触って分かるだろう? 今手の温かい俺が手袋をしてるよりも、これ以上お前さんの手が冷えないようにした方が良い」
そう言うと、古論はありがとうございますとお礼を言ってから雨彦の手袋を受け取って指を通した。雨彦と古論で手の大きさはあまり変わらないので、違和感なくつけられるだろう。
「あの時とは逆ですね」
はにかむように笑いながら古論が言う。一瞬何のことかと思うが、雨彦もすぐに思い当たる記憶を思い出した。
「jupiterと氷の城でライブをやった時か」
「ええ、あの時も寒かったですから」
あの時は手袋をして来なかったせいで指先を悴ませていた雨彦を見かねてか、釣りから帰って来た古論が自分のしていた手袋を外して貸してくれたのだった。その後、プロデューサーに言われ三人で揃って撮った写真には古論の手袋をした雨彦と素手の古論が写っている。
「あの時のお返しってことにしておこうか」
「ふふ、ありがとうございます」
古論が手袋を雨彦に貸したという過去が無くとも雨彦は今と同じように古論に貸しただろうが、そういうことにしておこうと思う。
片方貸して手を繋ぐなんて恋人同士がするようなことを提案するには少し甘さが足りないこの距離が、今はどこか心地良かった。