もしも同じユニットに…いや、同じ事務所にすらならなかったとしても、どこかで自分達は出逢っただろうか。他事務所のアイドル達と歌い踊る古論のステージを舞台裏から見つめつつ雨彦はそんなことを思う。
オーディションに受かっていたのが自分達でなく他の候補生であった可能性は勿論あった。その場合、少なくとも雨彦はアイドルにはなっていなかっただろうと思う。目的があってアイドルになる為にオーディションを受けはしたが、どうしてもアイドルになりたかった訳ではないのだ。オーディションに落ちていたら、アプローチの仕方を変えていただろうと思う。
だが、もしオーディションを受けた事務所が異なっていたら。もし異なる事務所でアイドルとして歩むことになっていたとしたら。
出逢うこと自体は可能だろう。現にこの大型ライブで雨彦は様々な事務所に所属する沢山のアイドル達と出会い交流し、こうして他事務所のアイドル達とユニットだって組んでいる。
自分以外の人間とステージに立ち光を浴びる古論を見ていると、自分も負けていられないという気持ちと共に、むず痒いような落ち着かないような何かが足りないような複雑な心地にもなる。ソロで仕事をすることも、事務所内で他ユニットの人間とステージに立つこともあるというのに。不思議なものだ、と他人事のように雨彦は思う。
「…雨彦! 雨彦もこちらに居たのですね」
もしお互い異なる事務所でアイドルをしていたら、出逢うこと自体は可能だった筈だ。だが、こうして笑顔を向けられることは、同じ事務所でない限り無いだろう。異なる事務所でアイドルをしていたら雨彦は古論を認識することもあるだろうが、きっと古論が雨彦を認識することは無かった筈だ。同じユニットになったという以外に古論の興味を引ける人間でないことは十分に自覚している。
「お疲れさん。お前さん達の次の次が出番でな」
「そうだったのですね! 雨彦達のステージ、楽しみにしています」
「はは、期待に応えられるよう気合を入れないとな」
軽い会話をしていると、既に奥にはけていた他事務所のアイドルが古論を呼ぶ声がする。「クリスさん」と呼ぶ声は以前聞いたそれよりも親しげな響きだった。
「すみません、ではこれで。雨彦も頑張ってくださいね」
「ああ」
控え室へ向かうのだろう古論を見送ってから、ひとつ深呼吸をする。
負けていられないな、と思う。古論にも、古論と組んでいるアイドル達にも。
もしも同じユニットでなかったら出逢えていたかどうかすら分からない。だが、雨彦と古論は出逢い、北村と3人でユニットを組み、こうしてアイドルをやっているのだ。ならばその事実を誇りに出来るように在りたい。その為には誰にも負ける訳にはいかない。古論に自分とユニットを組まなかった未来を見せない為にも。
だからこそ、今このライブを成功させなければ。今持てる自分の全力を、このユニットで出し切ろう。
古論と直接言葉を交わして漸く吹っ切れることが出来るとは、まだ精進が足りないなと雨彦は苦笑した。