撮影を終えて建物の外に出る。暖房の効いた室内に慣れた身体には北風が殊更染みるようだった。体温を奪って行く風を少しでも防ごうと、ストールを巻き直しながら頭上を見上げる。とうに日没を過ぎた時間だったが、寒空に星は見えない。それを少し残念に思いながらクリスは歩き出した。
事務所の入っているビルが見えた辺りで、ふわりと頭上から白いものが舞い落ちて来たことに気付く。視線を上げると、鈍色の空から次々に雪が落ちて来るのが見えた。
「とうとう降り出したな」
不意に隣から声をかけられる。視線を横にずらせば、見知った長身の男性がそこに居た。
「雨彦も事務所へ?」
「ああ。収録が予定より早く終わったからなんとなくな。お前さんもかい?」
「はい。近くのスタジオだったので、顔を出して行こうかと」
このところはお互い個人での仕事が多く、クリスは久し振りに雨彦と顔を合わせた。メッセージアプリや電話で連絡は取り合っているが、やはりこうして直接会話をするのは良いものだなと思う。
「お前さん、雪が好きなのか?」
暫く空を見上げていたようだが、と雨彦が言う。口ぶりからすると、立ち尽くすクリスのことを暫く見ていたのだろう。
「雪が好きというより、マリンスノーはこんな感じなのだろうかと少し考えていました」
マリンスノーとは海中に降る雪に似た物体の総称で、プランクトンの死骸などがそれを形作っているとされる。
「そのマリンスノーってのをお前さんは見たことはないのか?」
「映像ではあります。自分の目で直接見てみたくはあるのですが、深海で起こるものなので生身では少々難しいかと」
「なるほど」
空を見上げながら海について考えていたのだと聞いた雨彦は、呆れるでもなく「古論らしいな」と口にする。
「ですが、」
「うん?」
「貴方とこうして並んで見る雪は、とても好きになりました」
雪自体に特別な感慨はなかった筈なのだが、雨彦とこうして見る雪は何故だかとても愛おしいものに思えた。現金なものだとクリス自身思うが、事実なので仕方がない。
「……それは、光栄だな」
だが、このまま此処に居たら冷え切っちまう。そう言って雨彦は事務所へとクリスを誘導する。気が付けばお互いの上着は薄らと白くなってしまっている。
「すみません、つい話し込んでしまいましたね」
「好きで付き合ってるんだ。構わないさ」
事務所へと足を進めながら事務所に着いたら温かい茶でも貰おう等と他愛のない会話をする。それだけのことがクリスにはひどく嬉しかった。
撮影が終わった後に事務所へ行こうと思ったのは、もしかしたら雨彦と会うことが出来るのではないかと考えたからだと告げたら、雨彦はどんな反応をするだろうか。こうして話が出来たことを同じように嬉しく思っていてくれたら良いなと、密かに思った。