食事を終えて、一人分の食器を片付ける。外食することも考えたが、残っている食材を消費したかったので結局自家で食事をした。
片付ける前にセットしたコーヒーメーカーに温かいコーヒーが抽出されていることを確認して、棚からマグカップを一つ取り出し中にコーヒーを注ぐ。カップに注ぎ切れずサーバーの中に残った黒い液体を見て雨彦は苦笑した。つい、いつものクセで二人分作ってしまったらしい。
食後にコーヒーを飲むようになったのはいつの頃だろうか。古論と同棲するよりも前だったと思うが、具体的な時期は思い出せない。それまではどちらかというと日本茶を飲むことが多かったし、コーヒーは来客用という印象があった。
食事をした後、古論は好んでコーヒーを飲む。スペイン人である母親の影響なのか、単にコーヒーが好きだからなのかは尋ねたことがないので分からないが、少なくとも食後にコーヒーを飲みながら談笑する時間を古論が好んでいるのは確かなようだった。アイドルという仕事柄必ず食事の後にコーヒーが飲める訳でも、食後にゆったりとした時間が過ごせる訳でも無かったが、可能であれば古論はそういった時間を取るようにしているように見えた。
そして古論と共に食事をとる機会が増えたことで雨彦も食事の後にコーヒーを飲む機会が増え、今や食後にコーヒーが無いと少し落ち着かない気持ちにさえなるのだから人間変わるものだなと思う。
食後のコーヒーがいつの間にか雨彦にとっての習慣となっていることから、自らの中に古論という存在が根付いていることに気付き、どこか面映い気持ちになった。コーヒーを飲むこと自体もそうだが、食後にコーヒーを飲みながら古論と過ごす時間が自分にとってかけがえのないものになっているという自覚がある。
古論は今日から遠方に泊まり込みでロケに行っている。今頃古論も、雨彦との時間に思いを馳せているのだろうか。案外スタッフや共演者と盛り上がっていて、そんなこと頭に無いかも知れない。
後でメッセージでも送っておこうか、と思ったタイミングで雨彦の携帯がメッセージの到着を告げる。内容を確認すると、古論からだった。
今日の仕事が恙無く進んだという報告と、ロケ先から海が見えたという報告。他愛のない、普段とあまり変わらぬメッセージだったが、最後の言葉で古論も自分と同じ気持ちなのであろうと察して、思わず頬を緩ませた。
『貴方とコーヒーを飲む時間が待ち遠しいです』
「俺もさ」
土産話を楽しみにしているとメッセージを送り、冷めかけたコーヒーを口にする。いつもと変わらないはずのそれが、少し味気なく感じた。