ヒューゴは掌捕したばかりのスペイン軍の船の中を歩いていた。
掌捕とは言っても戦闘後、しかも生き残りはほぼ居ないのだから略奪したと言ってしまっても良い。僅かな生き残りも手下に好き勝手やらせているのでその内死ぬだろう。
こちら側にも少なくない被害が出たが、それはスペイン軍と戦う以上皆覚悟していたことだ。仲間を殺戮し尽したスペイン軍には相応の報復をしなければならないのだから。奴等相手に勝つことが出来た、それが何より重要であった。
勝利の余韻に浸る部下を尻目にヒューゴが船内を歩き回っているのは宝――軍船なので金銀の類ではなく海図やらのことだが――を探しているからだ。
普段であれば船内の物色など手下達に任せるのだが、今回は何故か気になるものがあり船長であるヒューゴ自ら動いたのだった。
突然の宣言だったが不満を口にする者は一人もいない。戦利品にはヒューゴの許可が出るまで手を出すことは許されない。それが彼等の船の不文律だった。
戦闘に参加しないような臆病者に負けるようなヒューゴではないが、一応残党が残って居ないか気を配りながら乱雑に扉を開けて行く。
(外れだったか?)
自分の予感が外れたかも知れないことにやや腹を立てながらいくつ目かの倉庫らしき部屋の扉を破壊しかねない勢いで開ける。と、死角から剣先が降りかかって来る。
己の剣でそれをいなしつつ、剣の持ち主の胴体を蹴り飛ばす。
「がっ…!」
よほど良い場所に蹴りが入ったのか、襲撃者は部屋の奥に跳ばされ起き上がれずにいるようだった。手にしていた剣は手放してしまいヒューゴの足元に転がっている。
ヒューゴは扉を開けるまで襲撃者の気配をまるで感じなかったことに感心する。戦闘技量もそれなりにあるようだが、だとすると何故先の戦闘に加わらなかったのか。
未だ呼吸に苦心している襲撃者の元に歩み寄り、髪を掴んで顔を上げさせる。
襲撃者の顔を見た瞬間ヒューゴはつい息を飲んだ。
ボロボロに傷付いてはいたが、それでもなお強い光を湛えた瞳と凍とした表情を保つその顔は美しい。
(なるほど、コイツか)
自らを船に乗り込んませた予感が何を示していたのかを理解し、ヒューゴの口元は自然と弧を描く。
悪くない……いや、上等な宝だ。
「…殺しなさい」
何も言わないヒューゴに業を煮やしたのか、襲撃者がそう口にする。
本来であるなら敵であるスペイン軍人は全員殺すべきだ。だが。
「殺しはしない」
そう言うとヒューゴは襲撃者を抱え上げる。
「何を…っ?!」
「お前は俺の船に乗せる」
その言葉を聞いた襲撃者は皮肉めいた顔をして言った。
「私を捕虜にしても無駄ですよ」
「だろうな。お前軍でリンチされてたんだろう」
襲撃者は見るからにボロボロだった。軍服は背中まで汚れ、顔には薄っすらと癒が浮いている。
それに、ヒューゴに蹴られたとはいえあの一撃だけですぐさま立ち上がることも出来ないというのは不自然だった。
恐らく他の軍人に殴るなり蹴るなりされたのと同じ場所に入ったのだろう。
だが、身体や軍服のどこにも剣や銃による傷は見られない。私刑を受けて気絶している間に船がヒューゴ達と戦闘になり、気が付いた頃にはもうカタがついていたというところか。
食料も最低限しか与えられていなかったのでは無いか、と体躯の割に軽い身体を抱えながらヒューゴは思う。
「ならば何故」
「気に入った、それ以上の理由はないな」
お前だって軍に大した恩義は無いだろう?と尋ねると図星だったのか襲撃者は押し黙る。
「これからお前は俺のものだ。手下共だろうがお前自身だろうがお前に手を出す奴は許さない」
そう告げると、襲撃者は諦めたように息を吐いた。