月だけが知っている

 通話の終了を知らせる画面を見ながら溜め息を吐く。雨彦なら込められた意味に気付いてくれるのではないかと思った言葉はそのままの意味で捉えられたようだった。
 仕事の現場で月に纏わる逸話を聞いた際、クリスが真っ先に思い浮かべたのは雨彦のことだった。
 正直なところクリスには何故アイラブユーと月が美しいことが結び付くのか理解し切れなかったが、雨彦ならきっと理解出来るのだろうと漠然と思ったのだ。
 そもそも、著名な小説家が言ったと伝わっているその逸話は事実ではなく創作であるそうだし、博識な彼もそこまで知っているのかも知れない。
 意図した意味が雨彦に伝わらなかったことを残念に思うと同時に、どこか安堵を覚えているのも確かだった。
 伝えるのなら真っ直ぐに伝えるべきだ。そう思っているし、普段の自分ならそうするだろう。自分らしくない湾曲した——その上借り物の言葉で伝えようとしたのは、彼が自分達と人生を歩むと言ってくれた、その関係を失うことになるかも知れないのが恐ろしいと思う気持ちもあったからだ。
 けれど卑怯にも、そんな臆病な気持ちを抱きながら、それでも自分の気持ちを告げたいと思ってしまった。
「……すみません」
 呟いた声は誰に向けられたものなのか。自分でもよく分からなかった。
 雨彦に意味が伝わらなかったのは幸いだったのかも知れない。この気持ちは誰にも分からないところに仕舞い込んでしまおう、と思う。今までと同じように仲間として接していくべきなのだ。
 大丈夫。まだきちんと仲間として——彼がバディと言ってくれた人間としての顔で笑えるはずだ。この関係を失いたくないのなら、笑わなければいけない。
 だから隣に彼がいない今だけは、寂しさと切なさに胸を焦がすことを許してほしい。
 そう思いながら見上げた月は、悲しい程に美しかった。

2022-10-01