いろひとつ

 アイドルになってからの方がよくスーツを着ている気がするなと、目の前に並んだ色とりどりのサンプルを眺めながら雨彦は思う。
 今回の仕事はユニットでは無くデザイナーから指定された雨彦ら3人がそれぞれの衣装を着てグラビアを撮るという仕事らしい。だが今は撮影ではなく、その前…衣装合わせよりもうひとつ前の段階だった。体躯的に既存の服が合わない雨彦の身体に合わせて撮影用の衣装は作られるのだが、今回はデザイナーの意向の他に雨彦の意向もある程度反映されるのだそうだ。
 雨彦の衣装はスーツということで、着用する予定のものとサイズは違えど同じ形をしたスーツとシャツなどが用意された。が、以前の仕事から想像していたよりも目の前に並ぶそれは大分カラフルである。既にデザイナーがある程度数を絞ってこの状態らしい。
「この中からお好きな色のものを選んでください。ひとつ選んで頂ければ合わせる物は此方から提案しますので」
 正直雨彦は然程着るものに関心がある方ではない。どちらかと言えば着心地が楽でさえあればこだわりはあまり無い方だろう。
 色でとなると普段から着用していて馴染みがあることと、アイドルとして雨彦個人を表しているイメージカラーが黒であることも相まって、選べるのであれば衣装でも黒っぽいものを選ぶことが多い。
 だが、今回は一目見て目を引いた色があった。
「コレ…なんてどうですかね」
 迷わず雨彦が用意された内の一着を手に取ると、爽やかで良いですね!とデザイナーは目を輝かせてアレもコレもと小物を手に取りはじめた。黒っぽいものも用意されていたのを見ると、そちらを選ぶと思われていたのかも知れない。
「葛之葉さんがこの色を選ぶのは意外でした」
「そうですか?」
 そう返しながら内心ではそうだろうなと雨彦は思う。ユニットでの仕事であったなら雨彦もこの色はまず選ばなかっただろう。このような色を好み、近い色が本人の個人カラーにもなっている男の姿を思い出しながら、彼ならこの色を見て一体どんな喩えを持ち出すのかと考える。考えたところで、海に詳しくない雨彦には見当も付かないのだが。
 このスーツを着た雨彦を見た彼はどんな言葉を発するのだろう。デザイナーのように意外だと言うだろうか。そう思われたのだとしても、この色を雨彦が着ていることを喜んでくれると良い。そんなことを考えながら打ち合わせを進めたことは雨彦だけの秘密である。